2005年07月22日

「扶桑武侠傳」チラシの裏

前回で、一応「扶桑武侠傳」のレビューは終わり。
レビューまで書いたのに、なぜだかプレイのモチベーション上がらないよ!(笑)。

BBNTはプレイするまではモチベーションが続いたんだけどなあ(プレイして一気に冷めたけどね)。

というわけで、実プレイ前だけど思ったことを適当に。

扶桑武侠傳は、ゲームシステムという意味においてはバランスが取れてるとは言いがたい。
コンセプトはおそらく武侠物に依存しているのは間違いないわけで、いわばバランスを捨てて、武侠テイストというか映画的再現性と感覚的なものを表現しようとしている。

もしバランスを考えているなら、命力と内力の相互補完をルール化するだろうしね。

で、その再現性にこだわり過ぎたのかどうか、色々詰め込みすぎ。詰め込んだものが、いちいち繋がるきれいなルールデザインであれば納得もできるが、まあそんなわけもない。とりあえず武侠要素を組み込みました的なデザイン。
そして詰め込みなわりには、どこか抜けている。抜けているというか不親切。

デザインセンス的には藤浪智之に通じるものを感じる。
しかし藤浪がディベロップのなかで削ぎ落とし、変更を重ねている(であろう)システムを構成する要素を、まったくそのまま採用している印象である。

オレはゲームデザインに興味がないが、少し考えただけでも変えたほうがいいと思う点がたくさん出てくる。
功夫は単純にヒーローポイントにすればいいし、前述の通り完全に独立してしまっている命力と内力に関係性を持たすし、消せない記憶にルール的な意味を持たすし……etc。

要するにもう少し普通のゲームっぽく変える。
変えつつも、譲れない部分を武侠モノとして成立させる。

まあオレはデザイナではないのでどうでもいいですが、デザイナの小林正親はそのへん妥協しなかったんでしょうね。これほど尖がったゲームは、天羅万象以来かも知れない。

そういえば両者は似ているよなあ。
超人もの、心に傷を負っている、演出重視とかね。
ゲームデザインそのもの(つまりシステム)は、アプローチが違うせいか似てないけど。

個人的な印象というと、システムデザインが似ているのが藤浪。コンセプトデザインが似ているのが天羅。

こういう不安定なゲームには興味惹かれるし、初代ビーストバインドみたいに自分でチューンしながら面白さを極めていくのもアリなんですが、そこに至るまで若くないのも事実(笑)。加えて自分があまり武侠に興味ない人間なので、特に。

とりあえずは1回遊んでみて、なんですけどね。
posted by maichi at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | TRPG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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